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【心理学の長い闘いの話5】(ケンウィルバーことはじめ6) 

【心理学の長い闘いの話5】(ケンウィルバーことはじめ6)

(前回は、科学者たちが、「分析」し「違い」に注目することを重んじていたことを説明していましたね。今回は、ウィルバーのやった、「共通点」に着目して「まとめる」という方法の具体例です。)

具体的に何をしたかというと・・・

もしも、

日本の「禅」のお坊さんと、

西洋の「キリスト教」の修道僧が、

全く別の方法で

同じスピリチュアルな体験をしていたら・・・

それは、人類が共通で体験できる可能性が高いと言えます。
確実な可能性が高い。
同じ方法で何度も、
だれでも経験できる。
科学的であるということです。

この「共通」のスピリチュアルな体験を本の中から探していった。

アメリカの精神科医が
①抑えていた感情を感じ
②絵に描く
治療をしていて、

ドイツの精神科医が
①忘れていた過去の記憶をたどっていき
②言葉にする
治療をしていたとする。

その共通点が、患者さんが神経症であることと、
①無意識に抑圧していた何かを思い出して、
②表現すること
だとする。

そうすると、神経症の治療では、
絵や言葉がポイントなのでなく、
「抑圧と表現」がポイントになる。

これは、神経症の治療の科学的な本質ということになります。

この共通点を本の記述から探し出すという方法で、
神経症の科学的な本質を見つけ出したのです。

こうして、

「実践の共通点」

を探して、まとめ、
出版したのです。

このように

「共通点」を見つけて
「まとめる」ことで、

ウィルバーは、それまで、

「抽象的だ・科学的でない」

と言われ、
研究の世界から追い出されそうになっていた

「主観的な」体験・実践

を科学的だと証明して行った。

その共通点や状態をまとめて、
さらに発達段階も見つけて、
発表したのです。

素晴らしいですね。

何と、その当時、まだ、20代。
医学部を「創造性の喜びに欠ける」と言い、中退し、
バイトをしながら、
座禅をし、
本を読みあさり、
本を書いたそうです。

20以上の出版社から出版を断られ、
やっとの想いで一社だけ、
出版してくれるところを見つけたそうです。

学会には激震が走ります。

「こいつは誰だ!!?」

とね。
当時、ウィルバーは学会に足を運ばずに、
文章だけを出していました。

「誰か、高名な学者が偽名で投稿したんじゃないか??」
「いや、海外の研究者ではないか??」

などなどいろんな噂が立ったそうです。
あまりの精度の高さと、
研究の深さに、
誰も20代のバイト青年が書いたとは考えられなかった。

それが、ウィルバーという20世紀最大の天才の輝かしいスタートでした。
(もっと詳しい内容は、ぼちぼちWSの形でまとめていくので、待ってくださいね♪)
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【心理学の長い闘いの話4】(ケンウィルバーことはじめ5) 

【心理学の長い闘いの話4】(ケンウィルバーことはじめ5)

今回は、

さて、前回まで、
統合失調症と神経症について、
根本的な特徴と違いを段階が違うという形でウィルバーがまとめ、
違いから来る心理学の中の長い戦いを
ウィルバーが終わらせたというところまで書きました。

しかし、この違いに気づいても、学会では認められません。

「証拠」がないからです。
「科学的」ではないからです。

だから、もしも、ウィルバーがこの発見を発表しても、証拠がなければ、学会では、

「へー。そんな考えもあるんだねー。」

というだけで終わっていました。
学会は証拠がないと取りあってくれない。

実は、特に心理学はそういうものです。

「えっ。心を扱っているんだし、抽象的でも許されるんじゃないの??」

と思いそうですが、実は全く逆です。
心理学は、他の科学から

「科学的ではない。数値で証明できない。実態がない。」

と責められ、
神経質になっているのです。

過剰に「証明する」ということにこだわりがあります。
誰が研究しても、

「同じ手順であれば、同じ結果である」

ことを求められます。
なんとなく、映画に出てくる心理学者が冷たい印象なのは、
この過剰に科学的になろうとする傾向が原因かもしれません。

その上、高名な学者が自分の意見を述べるならまだしも、
当時のウィルバーはただの一般人でした。
(一般人どころか、皿洗いと家庭教師のバイトをして生計を立てる禿げた兄ちゃんだった。笑)
だれも聞く耳を持たないはず。

なのに、ウィルバーは認めさせました。
ここからがウィルバーのすごいところ。

カウンセリング、支持療法、精神分析、サイコドラマ、交流分析、リアリティ・セラピー、自我心理学、バイオエナジェティックセラピー、ロジャース派セラピー、ゲシュタルトセラピ

ー、実存分析、ロゴセラピー、人間性心理学、ユング心理学、サイコシンセシス、マズロー、プロゴフ、ヴェーダーンタ、大乗仏教、金剛乗仏教、道教、秘教的回教、秘教的キリスト教

、秘教的ユダヤ教etc

ウィルバーは、さまざまな治療法や、一流の実践家・宗教や聖者の記録を集め、
それを分析していった。

そして、「共通点」に注目して「まとめた」のです。

これは、とてもすばらしい方法です。
ほんとーに、
ほんとーに、
ほんとーに、
素晴らしい方法だったのです。
実は、科学の歴史を

「逆転」

させるものでした。

それまで、科学は分析・分析・分析・分析・分析・分析・分析・分析。
分析あるのみでした。

分子を発見し、
分子をさらに細かく見て、
原子を発見し、
原子をさらに細かく見て、
電子を発見し
電子をさらに・・・

という風に。
「分ける」ことと「詳しく調べる」ことに熱中していた。
研究者も、

カーナビの中の、

地図を制御する部品の中の

映像を映すパーツ

の研究者とか、

神経症の中の、

性欲に関するものの中の、


治療法の中の

絵画療法の中の

書いた絵を分析する研究者とか、

書いた絵に対する反応を分析する研究者とか。

専門家になることが求められ、
細かい世界に入り込み、
視野が狭くなっていたのです。

水素原子と炭素原子の違いを分析し
これとこれは違う。
あれとこれも違う。
私はここを研究し専門家になるんだ。
という姿勢です。

科学は「違い」に着目して「分析」する方向を極端に極めていました。
だから、ウィルバーのやったことは驚かれたのです。
やったことが「逆」だったから。

「共通点」に着目して、
「まとめる」という方法

です。
これは、

「違い」に着目して
「分けて」調べるという方法

から見ると逆転の発想でした。

続きはここをクリック!
http://earthsyuttennsya.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

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【心理学の長い闘いの話4】(ケンウィルバーことはじめ5) 

前回までに、統合失調症と神経症のお話をしましたが、
今回は、統合失調症と神経症の治療のお話と、その比較をします。

では、どうやって統合失調症の人と神経症の人を治療するのでしょうか??
統合失調症の人は、しっかりと

「自分と世界を区別する」

必要性があるんです。
「自分と人は違うんだ」という当たり前のことをしっかりと認識していく必要がある。
そして、意識をはっきりさせ、
必要のないものと必要なものをしっかりと分けていく必要がある。
(本当のところ、この変化は赤ちゃんの時期に起こってくる変化です。統合失調症の人は幼児期に生じる変化に失敗したんですね。)

ちなみに、実際は、かなりの混乱状態にあるので、
抗精神病薬というお薬を処方しながら、
いろんな機能を落ち着かせて、
セラピーを行っていくことになります。
よく、精神病薬はいけないなんていう意見がありますが、
それは極端な意見だと思います。
必要ならば処方するくらいでいいとおもいます。
あれは、道具としてみた時、これ以上ない素晴らしい力をもっています。
使い方だね。

ちなみに、もう、精神科の入院治療の範疇です。
専門的な知識がないのに手をださないようにした方がいいかもしれません。。。

接するときの注意点は下記を参照ください。
http://www.smilenavigator.jp/tougou/family/howtotouch/how04_01.html

次は神経症の治療のお話。

赤ちゃんの「区別を習得する」段階が終わった、幼児のころ、
「必要なものと必要でないものを分ける」段階に入ります。

「必要なものと必要でないものを分ける=区別していく」ですね。

この「区別していく」段階で社会に

「性欲はいけない。女性はそんなこと考えちゃだめだ」

という常識があったとしましょう。

当たり前にある性欲。
それがいけないことになって、
必要のないものというカテゴリーに入れられて、
区別され、
押さえ続けられてしまうのです。

フロイトが活躍していたのは、
性的なことに、厳格であった1800年代後半のウィーンで、
彼が関わっていたのは、
その中で、もっとも性的な欲求を抑えつけるように教育されていた女性たち。
彼女たちの神経症だったのです。
親は厳格だったので、
言うことを聞かなければかなり厳しい罰があるケースも多かったそうです。

そうすると、性欲を押さえつけることになり、
抑えることがずっと続くと、
押さえつけられていた性欲が

「私にも居場所を与えなさい!!」

と主張し始めて、氾濫する。
堤防の決壊みたいなものです。
かなり激しい症状が出たりしていました。
これがこの時代の神経症の正体です。

だから、神経症の治療で必要なのは、

「溜まった感情を解き放つ」

ことと、

「性欲はダメ」から「性欲は当たり前」に「認識が変化」する

ことですね。

つまり、治療方法が全然違うのです♪

区別を 「身につけて」、 世界を整理すること(統合失調症)と
区別を 「ゆるめて」、 溜まっていたものを解き放つ(神経症)こと。

ぜんぜん違いますねー。

そして、つまづいた段階も違いました。

統合失調症は「赤ちゃん」の時期。
神経症は「幼児から小学生」の時期。

段階が違います。
順番に並べてみると・・・

①自分と世界に境目がなくって混乱している。(統合失調症)
②自分と世界の境目をしっかりと作れるようになる(統合失調症が治る)
③いろんなものを必要なものと不必要なものに分けていく。
④その過程で、当たり前のものを抑え込んでしまう。(神経症)
⑤抑えているものを認識し、解放して、認識を変える(神経症が治る)

ということになりますね。

このように、いろんな治療法を、その患者さんの状態・発達段階・治療法の特徴などから、まとめ、発達段階に並べたのがウィルバーの仕事です。

これによって、フロイトとユングの争いが完全に終結しました。
なんか、やっぱり、改めて言われると当たり前というか・・・

「そんなことで争っていたの??」

という感じですが・・・
世界中のすべての争いと同じように、
争っている本人たちは全力で、
そして、争いの最中は物事が良く見えないものです。
外から見るから良くわかる。
そして、この当たり前に気づき言葉にするのが、
才能と言えるかもしれません。

でもね、、、

この素晴らしい主張、
もしもあなたがこのことに気づいて、発言しても、
学会では取り上げてくれません。

「科学的に証明できない」

からです。
では、、、ウィルバーはどのように学会に認めさせたのでしょう??
どのように科学的に証明したのでしょう??

ウィルバーは最初から学会での地位があったから認められたのしょうか??
いえいえ、彼が初めて世界中から認められた「意識のスペクトル」を出版したころ、
彼は、皿洗いのバイトでした。

もう、無名中の無名。
僕たちよりもひどいかもしれません。

いかにして、ウィルバーが学会に自分のことを認めさせたか。
その内容は次回にでも♪

(やっとちらっと登場しましたねー。笑)

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【心理学の長い闘いの話3】(ケンウィルバーことはじめ4) 

【心理学の長い闘いの話3】(ケンウィルバーことはじめ4)

さて、前回に引き続き今回は神経症のお話です。

神経症の最初の研究者とも言うべき人・フロイト。

フロイトは、神経症の患者さんを扱っていました。

特に女性が多かったそうです。

1800年代後半、
フロイトが活躍したウィーンでは、
性的なものに厳格でした。

だから、「性的な欲求さえ持ってはいけない」という発想になっていた。
性的な欲求を抑えつける。

抑えて、
抑えて、
抑えて、
抑えて、、、

最後には、抑えきれずに、大氾濫です。
逆流してきます。

それが神経症の正体です。
性的なものを抑え、
性的な欲求さえ受け入れることができない。

だから、身体や心の症状として、
身体の重さややる気の無さとして、
現れてくるのです。
(ちなみに、うつ病などの一部も神経症水準の病と言えます。)

でも、何かを「ダメなもの」とすることができるということは・・・

「区別」はしっかりできているということですね。
前回書いたように、統合失調症の人は区別が上手く出来なくなっていました。

実際に、神経症の患者さんは、しっかりといろんなものを区別できます。
世界と自分をしっかり区別し、
自分と他人を区別できます。
だから、自分の感情や思考が人に伝わるとは考えない。
自分に必要のない出来事を上手に忘れ、
自分に必要なものを覚えていようとします。
自我がしっかりしていて、
バランスを取ろうとしています。

だけど、
ショックすぎた記憶や、
受け入れがたい感情が自分の中に現れた時、
バランスを取るために蓋をしてしまう。
いろんな感情や記憶に蓋をしていく。
そうしているうちに、
蓋の中のものが溢れかえって、
いろんなものが噴き出している。

そういう状態が神経症です。

今回はここまでかなー。
・・・まだ、ウィルバーが登場しない。笑

次回は、神経症と統合失調症の治療について。
・・・もしかしたら、まだウィルバー登場しないかも。笑

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【心理学の長い闘いの話2】(ケンウィルバーことはじめ3) 

【心理学の長い闘いの話2】(ケンウィルバーことはじめ3)

心理学は、さまざまな学派に別れて争ってきました。

前回は、

「エゴが確固としていることが重要だ」

と主張する人と

「エゴを手放すべきだ!」

と主張する人の争いをウィルバーが解決してしまう話をしました。
 
今回から、何回かに分けて、

心の病の原因は

「性欲の抑圧」にあると主張する人と

「集合的無意識の氾濫」にあるにあると主張する人

この二人の争いをウィルバーが解決してしまうお話をします。

(今回は「分かる、分かるー♪」という内容でなく、「えっ。そうだったの。。へぇ~♪」という内容です。)

ちなみに、「性欲の抑圧が原因だ」と言ったのはフロイトです。
それに対して「集合的無意識が原因だ」と言ったのはユングです。

フロイトとユングはここで意見が一致せず、
言い争って、
お互いに
離れていってしまいました。

だけどね、
フロイトが関わっていたのは、神経症の患者さんでした。
一方、ユングは、統合失調症の患者さんを扱っていた。

患者さんのいるステージが全然違うんです。

まずは統合失調症の説明から。

統合失調症の根本的な原因は、

「人と自分の境界がしっかりと確立できていない」

ことだと言われています。
だから、自分の思考が

「他のひとに漏れ出てしまうのでないか」

と恐怖します。
そんな恐怖を抱えていては、
外を歩くこともおぼつかない。
世界は恐怖だらけになってしまいます。

自分と無意識の境界線も上手く引けないので、
たくさんの感情や感覚が意識に上ってきて、
整理がつけられない。
意識も、
無意識も、
集合的な無意識も全部境目がなく、
ぐちゃぐちゃです。

自分にとって何が必要で、
何が不必要化の判断もできず、
自分をまとめる(統合する)ことができなくなる。

「統合を失った状態=統合失調症」

というわけです。
そして、なぜ、統合を失うかというと、上手に

「区別」

することができないからです。
ここでは

「区別」

が重要。
実際に、自分の体と体の外のものを区別できなかった例もあるそうです。

つまり、、、

今、あなたがイスに座っているとして、
座っているイスと自分の体の境界が分からないということ。

この区別は、赤ちゃんの内に身につけるものですが、
それを身に着けずに大きくなってしまったということのようです。

スピリチュアルな世界では、

「区別はいけないことだ」

とか、

「世界を境なく感じよう」

と言い、

「子供に帰ろう!!」

と主張する人がいますが、
実は、

「健全な区別」

は、必要なのです。

それがちゃんとなければ
世界をちゃんと仕分けして見られない。
不必要な情報と必要な情報を分けられない。
混乱状態に陥ってしまうのです。

安易に

「世界を境なく感じているから、統合失調症の人は心がキレイ」

とか言ってはいけませんね。
心がきれいなことと統合失調症であることは関係ありません。

とりあえず、今日は、「統合失調症のお話」まで♪
次回は「神経症のお話」です!

(統合失調症ではない、本当のスピリチュアリティのお話はまた今度♪)

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